マサル部屋日誌

2008.12.19

名古屋記念病院での動画日記。

前回2008年1月分の続編です。

恋慕の監督でもあり、マサルさんの友人の辻さんの監督編集です。
どうもありがとうございました。

2008.12.13

笑月夜。

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月の庭の庭で満月の夕を聴きながら歌いながら見上げていた月は、もうとても明るくてまん丸で、すべての人たちを照らしていた。

友達がくれたメールに依ると、今年最大の最接近の月なんだそうです。

すごいな、マサルさん、ここまでやるか(笑)


ずっと一緒にいてくれたマサルさんは、もうここにはいません。
くたくたに疲れているはずなのに、なんだか寝つかれなくって……不思議な気分です。

寂しいとか、悲しいとか、今はまだ解りません。
今思い出すのは、いっぱい笑って、ありがとう!と大好き!と言った事と、いっぱいありがとうと言ってもらった事と、ものすごく沢山の人と握手し、ハグしたこと。

笑顔がいっぱいあって、泣き顔もいっぱいあって、こんなに沢山の人がマサルさんのことを大好きなんだと思うと、もう嬉しくってしょうがなくて、私はずっと笑っていた。顔が笑顔で固まる程に。

入院中に初めて教わった三線で、一夜の猛練習で、満月の夕を歌ったミッキー。お父さんと本家中川敬を目の前に、見事な初ライブ、最高だったよ。
あんたは間違いなくマサルの息子だよ(笑)
こんな素晴らしい告別式、見た事ないって、みんな言ってるよ。
ありがとう。ミッキー。よくやった!弟よ!!!!!


私がここまでがんばって来れたのは、それこそがんばったなんて自覚がない程にがんばって来れたのは、マサルさんはもちろん、仲間たちみんなのお陰です。
今はほんとうにそれがよく解る。ありがとうありがとう。

ここ数日でほんとの沢山の友人が、マサルさんに会いに来てくれて、それはもちろんマサルさんが繋げて行ってくれた友人たちで。
最後の入院中に出来た友達もいて、もうみんなのことが大好きで大好きでたまりません。

皆の顔を見る度、泣いたり笑ったりするのが一番忙しい私でした(笑)

マサルさんがいなくなっても、私は大好きって言い続けます。
だってこんなに良い言葉、今までほとんど使った事なかったんだもの。

だから見ててね、マサルさん。
今夜みたいな、笑った月からいつでも。


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2008.12.12

お別れの言葉。

告別式で、お別れの言葉を言わせていただきました。

お別れの言葉。

お別れの言葉なんて、ここ数日で何回言ったか解らへんのに、こんな風にまた言える機会をもらえるなんて、どこまでラッキーなんやろうね、私は。なぁ、マサルさん。

こんな機会をもらって、いろいろマサルさんとの時間を掘り起こしてみたら、昔マサルさんから言われた言葉を思い出したよ。
私がまだ月の庭で働いていた頃、私は時々、勝手に傷ついて、裏切られた気分になって、仕事終わりにようマサルさんに聞いてもらっとった。
私は悔しくてしょうがないのに、マサルさんはあっさりと「そんなん、お前が勝手に信じるでやん」て、言い放ったんや。
信じる事があかん事なんて、そんなん思ったことも無かったで、「なんてクールなんや。男ってこれやから…」なんて、私は追い打ちでがっかりさせられてしまった。

でもな、今はその時のマサルさんの言葉の意味が分かるんやよ。
自分の勝手なイメージで何かを信じ込む事は、それを決めつける事。それ以外を否定する事と同じやってことが。

マサルさんが言っとったのは、ただ、そこにあるままに受け入れればええ。ってことやった。
ええことも悪い事も無い。それはただ人が勝手に決めつけているだけ。
ただそこにあるものを、慈しみ、楽しむ。
たったそれだけで、世界がこんなに明るく美しくなるなんて、やっと今解った。

マサルさん、マサルさんがずっと見て来た美しい世界が、今、私にも見えるよ。
この美しい世界を、もっと、ずっと見ていられる様に、これからも私は、私でいられるように、生きて行きます。

ありがとう、マサルさん、今日も大好きやで。

ふじっこより。

2008.12.11

ありがとうのうた

ありがとうのうたを口ずさんでいたね。その時まで。

大好きなお日様の下
お散歩する時にしていたみたいな
オリジナルなハミングで。

ありがとうのうたを口ずさんでいるよ。その時まで。

きっとその頃には
あなたのまねをしなくても
うたえているよね
私のオリジナルのハミング。

いつだって口ずさめるよ
あなたのハミング。
誰だって口ずさめるよ。
オリジナルのハミング。

ありがとうのうたは
あなたのうた

ありがとうのうたは
やさしいうた

ありがとうのうたは
すべてのうた

ありがとうのうたを今日もくちずさんで
お日様にあいさつしにいこうか。

2008.12.10

昌さんとのお別れの会のお知らせです。

先日、2008年12月9日、23時23分。

岡田 昌 は47歳の人生を終えました。

今まで観た事無いくらい、楽しくて、笑顔に溢れた人生。

最期の最期まで笑って逝ったマサルさんに、皆で会いに行きましょう。

今日12/10は仮通夜です。今日は一日、マサルさんは月の庭にいます。

お通夜 
12/11(木)19時から。
告別式
12/12(金)13時から14時半。

共に場所は 善導寺(浄土宗)亀山市西町327 電話0595-82-2523

2008.12.08

幸せな病室。

マサル部屋からの更新は、これで最後になるのかな。

昨日、松坂に帰らなければいけなくなったかほりさんに代わって、付き添い泊まりをする為にイベント用のパンを半日前倒しで焼いた。
病院から夜10時半に家に帰って、午前3時なんて時間に仕込みをして。
今の私がこんなにがんばって予定を作るのには、それなりに、理由があった。

余命宣告をしたことのなかった、主治医の先生からの現実の言葉。
「これからは家族の誰かが、ずっと付き添ってあげてください。」

私は血は繋がってないけど、毎日マサルさんを見て来たから、かほりさんは私にその夜を預けてくれた。
そして幸いにも東京からマサルさんの実の妹のじゅんこさんも駆けつけてくれて、一緒に付き添ってくれた。

そして昨夜の夜はほとんど寝られなかった。じゅんこさんがいてくれたから、思っていたよりは休めたけど。
それよりも、マサルさんはここ二、三日、ちゃんと眠れていない。
意識と、呼吸と、時々時計を止める様に、真っ白になる瞬間がある。
それは、日を追うごとに、今は、刻一刻と、確実に増え続けている。

今日の午前中、言われた言葉。
「もしかしたら今夜、長くても48時間は無いと思っていて。」
かほりさんはそれを、今まで何度も検査の結果を聞いて来た時の様に、いつも通りに受け止めた。
「はい。」
それは、私も同じだった。

数人の友人に連絡を入れた。かほりさんも同じ様にしていたんだと思う。
じゅんこさんは、亀山から嫌がるご両親を呼び寄せてくれた。
ミッキーも、学校を早退してやってきた。

入れ代わり立ち代わり、訪れる仲間たち。
数えてはいないけど、たぶん今日だけで50人くらいは来ていただろうか。
そしてここに来れなくても、祈りを届けてくれる友人たちも多数。

こんなにあったかい病室があるんだろうか。
今、こんな状況でも、笑いがあって、音楽があって、その真ん中に、意識が朦朧とする中で、体いっぱいで喜びを表現しようとするマサルさんがいる。

やっぱりここは月の庭だ。
マサルさんという月に導かれる沢山の人たちが、今のマサルさんにパワーを送る。

すると、時々ふっと意識を戻して、周りに笑いを振りまくんだ。ベッドの上で、もう何も出来ないのに、マサルさんは。

ご飯が食べられなくなって、やせて、歩けなくなって、内蔵も少しずつ動かなくなって、意識もどんどん遠くなって、ここにいる時間がどんどん少なくなっていきます。

でもマサルさんは、まるでふくれた風船の様に、ぱちんと弾けるのを待っているようでもあります。
今、行っていいのか、朦朧とする意識の中でずっと揺れ動いていたけど、もう、いいよ。お疲れさま。すごくすごく、がんばってくれてありがとう。
私たちの為に、生きようとしてくれてありがとう。

マサルさんは、もうすぐ息をするのを忘れます。
それは、昔から決められた順番通りに。

こんな時間が、こんなにあったかいよ。マサルさん。
この部屋で、マサルさんの隣で、話ししながら編み物できなくなるのはさみしいけど、そんで、これからどんなに寂しくなるのか、全然想像できないけど、大好きだよ。
今日、何回も何回も言ったね。
「今日も大好きやよ!マサルさん!」
マサルさんは朦朧としていても、
「おーーーーーー!!」って応えてくれた。
でもその後に、
「俺はかほりが大好きやーーーーー!」って(笑)

そんなのみんなが知ってるよ、マサルさん。

これを読んでくれた皆さんへ。

今夜から明日にかけて、どこかの瞬間で、この世界でのマサルさんとはお別れすることになると思います。
周りで過ごした私たちは、いつだって幸せで、今だって幸せで、きっとこれからだってずっと幸せです。それはきっとマサルさんも。

今も、マサルさんは生きています。
マサルさんは、いつだってマサルさんらしく。
そんな祈りを、どんなに遠くにいても、その場所で、一緒に届けてもらえたらうれしいです。
マサルさんが解き放たれる瞬間に、きっとそれは繋がります。そしてそれはこれからも、私たちがずっと繋いでいくんです。

2008.12.06

命の加速度。

精子と卵子が運命的に出会って、その瞬間から生が始まる。

「生きる」ということは、「死」に向かうこと。
それは生まれたその瞬間から始まる。

「死」に向かうその速度を、感じられない程に「生」は、刺激と苦悩と幸せに満ち満ちている。

でも人はある時期から確実に、平等に、「死」を意識し始める。
それは「老い」であったり、「病」であったり。

それでも多くの人は「生」を希望み、「死」はまるでそこに存在しないかの様に、日々を営み続けている。

誰が「死」を悪者にしたのか。
先の全てのものが見えないこの一瞬を永遠だと思うのは、ただの幻想なのに。

今この病室には、確実に「死」に向かって時を刻む、二人の人間がいます。
それは、私とマサルさん。

誰の目にも確実に「死」への加速度を上げるマサルさん。
今その瞬間に、私はマサルさんの側にいます。
でもその瞬間は、今まで感じたことの無いくらいの、鮮やかな「生」の時間でもあります。

何か伝えたいとか、こうしておきたいとか、そういうことは自分側の想いでしかなくて、そんなことより、今を感じられることが、痛みをも含めて感動できることが、そちらの方がとても大切なのだと、鮮やかすぎる「生」が教えてくれます。

悲しいとか辛いとか寂しいとか、そんな気持ちはそれが必要な時に、しっかり感じればいい。
未来を想像して、今を感じることを止めるなんて、そんなもったいないこと。

この「死」への加速度をリアルに感じるこの時間が、こんなに幸せだなんて、今まで誰も教えてくれなかった。
今までの私の人生の中で、いつよりも一番幸せな時間だって、言い切れるくらいなのに。

マサルさんからの命がけのメッセージ。
私はしっかりと、受け取ってる。
悲しみなんかじゃなく、感謝と、感動で涙が溢れる程に。
きっとそれは、受け取ろうと思えば誰でもが受け取れる、それくらい大きくて、強くて、優しいメッセージ。

マサルさん、
マサルさんはマサルさんの「生」を、思い切り満喫して、思う様に生ききってください。
それが、私の祈り。
それは、全ての人への祈り。

もしマサルさんの形が変わっても、私はそれをきっと見つけられるから、いたずらっ子のマサル少年になってどこかに隠れていても、絶対見つけるから。

さっきマサルさんの胸に顔を寄せたら、私の頭を撫でてくれた。意識はどこかに旅してるのに。
そんなマサルさんが大好きだよ。


追記
今夜ソウルフラワーの中川さんに今のマサルさんのことを報告したらね、言葉少なげに全てを受け入れてくれていたよ。
迷いのない姿が、とても頼もしくて印象的だった。
まるで、マサルさんみたいだったから、なんだかうれしくなったんだ。

2008.12.01

おっと動画を忘れていたよ。それと告知を。

マサルさんの友人の辻さんが、今年の頭に名古屋に入院していた時の動画日記を作ってくれました。


それに加えて、歌舞伎昌三主演の短編映画のDVDも完成しました。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=37486404&comm_id=3708546

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1枚1000円です。206号室でも買えます(笑)もちろん月の庭でも。

ここ一週間の写真。

今日は明日の松坂のイベント用の仕込みがあったので、病院へは行きませんでした。
あぁ…マサルさんが恋しい…(笑)

なので、ここ一週間の写真をご紹介しますねー。

写真1)11/21は月の庭の12周年でした。
スタッフのあこちゃんとかおりちゃん、その娘のみわちゃんがお花を持ってお祝いに来てくれましたよ。

写真2)12年、一緒に走ってきました。私は10年前から娘ですが(笑)

写真3)東京からまゆこちゃんがお見舞いに来てくれました。東京に行くといつもお世話になっているそうです。

写真4)お父さんの足をさするミッキー。マサルさんはぐっすり。

写真5)うっきーファミリーが来てくれました。赤ちゃんは美しいなぁ…


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2008.11.29

こんな日記…

こんな日記を書いたら、みんなを驚かせて、動揺させてしまうんだろか。
…でも、書いた方がいいような気が、ちょっとだけ書かない方がいいより多い。

今、マサルさんは眠っています。ぐーぐー。
最近のマサルさんは、ほとんど眠っています。すーぴー。

体に水が溜まらない様に、点滴の水分も、体に送られる栄養も制限されています。
ここ数日は、自分から飲み物が欲しいと言わなくなりました。

私は、病室で、毎日マサルさんと一緒にいます。
だいたい泊まりはかほりさんと交代ごうたい。

今のマサルさんの状態がどういうことかなんて、私なんかにはほんとうに全く解らない。

ただ解るのは、日に日にマサルさんのことが大好きになっていくこと。どんどん、どんどん。
それと同時に、今まで感じたことのない、言葉にならない気持ちが、心の一番底の方に、しんしんと降り積もっていく。

少しでも、触れていたいと思う。
笑顔が見れたら、それでいいって思う。

病室は、いつも穏やかで鮮やかな時間が流れています。
変わり続ける今。
ほんとうに幸せな時間は、こんな風にあるのだと、とても不思議な気持ちです。

命 が、そこにあります。
それは、私の中にも。
大切な、かけがいのない、全ての命。

伝えたいことは、もう全部伝えたんだろうか。
いや、多分、もう全部伝わってる。
そんな気がします。

今ここにいられるだけで、私はもう十分。

みんなは、伝えられていますか?