マサル部屋日誌特別編<9月25日、奇跡の夜>

2008.10.06

9月25日、奇跡の夜。

まずは2008年9月25日、この日の夜は私にとって、もちろんマサルさん本人にとっても、そして多くの仲間たちにとって、特別な、奇跡の夜となりましたことに感謝いたします。

奇跡の夜のその瞬間を語る前に、その前日のお話をしなくてはいけません。

マサルさんのベッドのすぐ隣のソファでいつも身体と心を休めている私には、どこまでがマサルさんの意思なのかは解らないまでも、マサルさんの表情、声、皮膚感、そして病室の空気を通してリアルに伝わって来ます。

ライブの数日前、指おるほどに迫ったクアトロでのソウルフラワーユニオンとの共演も、やりたいという強い想いと同時に、強い痛みと、朦朧とする意識、思う様に動かない身体の中に閉じ込められたマサルさんにとっては、はるか遠いものに感じた時間も多々あったのだと思います。実はマサルさんの体調、心の状態は、日々といわず日中通して、この頃常に不安定な状態でした。

ライブの前日、いつも通りに昼前に病室に入ると、今までの一ヶ月間で感じた事の無い様な空気が充満していました。
いつもは不安定な時もありながら、基本穏やかに緩やかに流れている空気が、冷たく沈み、まるで時間が停止した様。まるでドライアイスのスモークが、地面近くにとどまる様に。

マサルさんの気の流れに自然にとけ込む事は出来ても、痛みと闇とで沈んでいしまったマサルさん自身の流れを、大きく上向きにするなんてことは、今の私にはとうてい無理なことです。
入院後初めて、泣きそうになる自分がいました。
でもそれには気付かないふりをして、いつものように身体に触れ、身の回りの事をするだけでした。

そんな風に始まった24日、でももう奇跡は始まっていました。
いいえ、奇跡はずっと前から始まっていて、今も、これからも続くんです。

いつものように、次々と訪れてくれる友人たち。
目を開ける時間が増え、中日新聞の取材を受けるうち、マサルさんはなんとか前向きになってきていました。
でもまだどこか、恐怖に怯えている様な、そんな風にも感じました。

場の空気がパンとはじけたのは、昼過ぎに訪れた、多分高木病院の歴史に残るであろういでたちの大群が部屋に入った瞬間でした。
それは、マサルさんが舞踏を始めてから何度となく共演を重ねてきた舞踏仲間たちの行列です。
舞台の衣装そのままに、異様に派手に着飾った数人の舞踏家と生ギターと歌声。病室は一瞬のうちにステージと化しました。
観客は私とかおりさんだけ。マサルさんはもちろん共演者です。
管だらけで、立ち上がる事すら辛そうだった身体で、ベッドの上で立ち上がり、そして舞いました。

パーーッとマサルさんの発する気が部屋中に広がり、病院の壁を突き抜けて、天へと繋がるのが解りました。
その後は、そんな最高の流れの中、サプライズバースデイイブを用意して現れた友人たちと共に、楽しい夜が過ぎて行きました。
明日をこのまま迎えられれば大丈夫。
朝感じたそこはかと無い不安は、ピカピカの希望と可能性に変わっていました。
後は、周りがどれだけ身体のフォローを出来るかです。

舞踏、私にとってはよく理解できない世界で、特に興味がある訳でも無いんですが、この時ほどマサルさんにとって無くてはならないものだという事が解る時はありませんでした。

そしてライブ当日の朝。

私の朝は、ずっと恐くて出来なかったパン作りから始まっていました。
マサルさんへの誕生日プレゼントという名目でなら。と昨日から生地を仕込んで。
でも一ヶ月ぶりのパンは思う様に焼けず、自分的には30点の焼きたてパンを持ってちょっとしょげながら病室へ。

病室には、昨夜も来てくれていたマサルさんの敬愛する内田ボブさんご一行が。朝の誰もいない時間を寂しがるマサルさんにとって、どんなに心強かったことでしょうか。それもこんな大切な日に。

そして30点のパンをマサルさんに差し出すと、マサルさんは何故か号泣しています。何故?突然?あ、そうか。さっきボブさんになにか言ってもらったんだ!と、その時はそう解釈していましたが、後になって知りました。
あんなに嫌がっていた私が、久しぶりにパンを焼けた事、その後押しを自分が出来た事が嬉しくて、私の為に流してくれていた涙だったということを。

食欲の無かったマサルさんが、昼ご飯もほとんど残した後に、私のパンを一個半、噛み締めながら食べてくれました。そう、がんばって食べて、パワーにしてね。今日は凄い日になるんだから。

出発の予定は夕方です。
それまではかおりさんと息子のミッキーと皆で助け合いながら、ゆっくり、頭を剃り、着替えをし、医療的な処置もしてもらいます。

準備だけでかなりの体力を消耗しつつも、気丈なマサルさん。予定よりも半時間程早く、名古屋パルコへ到着しました。
会場に着くまでに、おしゃれ心をくすぐられた(?)マサルさんが今日の衣装に合う帽子を欲しいと言い出しました。
オリジナリティ溢れすぎな衣装に合う帽子など、パルコにあるはずも無く、結局黒いストールを購入。買い物大好きなマサルさん。ウインドショッピングも久しぶりだもんね。
さぁ、やっと会場入りです。

いつの間にか集まった、先入りしていた仲間たち合計10数名! ちょっとした大名行列。
そしてマサルさんの到着を待ちわびていたスタッフの温かい歓迎に、マサルさんは既に涙目です。
クラブクアトロの入り口には、ちゃんとスロープも用意されていて、ほんとにありがたい。

……………

ライブはもう始まっています。
私たちは大音量の会場の横をすり抜け、楽屋に向かいます。
その途中、それまでずっと車いすだったマサルさんは、何ごとも無い様にすっと立ち上がり、買ったばかりの黒いストールを頭に巻いて、会場の端からステージ上を、まるで神聖なものを見る様に、真っ直ぐ見つめます。
それともステージ上で歌う中川さんに、自分は今ここにいる。と、すぐにでも伝えたかったのでしょうか。
そしてそのままマサルさんは自分の足で、一歩ずつ楽屋に向かい、ゆっくり階段を上ります。
私は心配でしょうがなくて、横で支えようとするも、ほんとに手を添える程度。

もうその姿はさっきまでの泣き虫マサルさんとは違う、歌舞伎昌三になっていたんでしょう。
横にいた私には、その表情は解らなかったけれど。
その背筋は以前の様に真っ直ぐ伸びて、迷いの無い後ろ姿。

……………

楽屋に着くと早速鏡に向かったマサルさん。
私はこの時、会場に入って初めて、マサルさんの顔を見ました。
鏡に映った自分の目を、静かに、強く見つめるマサルさん。
…命がけなんだ。と、今更ながらに私の身体にも緊張が走ります。

着替え以外のほとんどの身支度を自身で整え、塗り残した後頭部のおしろいを私が塗り始めた頃には、ステージから中川さんがMCで昌三の話をしているのが聴こえて来る。そしてそのまま、歌舞伎昌三の舞踏をイメージして作ったという曲「愛の総動員」が爆音で会場を染めていく…。

まさかこんなに早くこの曲が始まるなんて!
マサルさんは楽屋で少しずつ身体を上下に揺らし始め、用意してあった白足袋も履かず、ステージ横に急ぎ、 一息、祈る様に会場を見つめた後、片手に杖を持ち、すぅーっとステージに流れこむ。

私は堪えきれず、その瞬間ミッキーの手を引いて会場へ。
会場の盛り上がりもひときわ大きく高くなったように感じた。
私はここ数日の大きな波と、今この瞬間、ステージにいるマサルさんと、もう何がなんだか解らなくなって、気付いたらくちゃくちゃに泣いていた。
正直この時はまだ、感動。というよりは、達成感。に近かったのかもしれない。
ただただ涙が流れて、足ががくがく震えた。

その後は、楽屋とステージを行き来し、ナツコとマサルさんの足を揉み、かおりさんと衣装替えの手伝いをした。
慌ただしく過ぎて行くライブ。でも私にとっても、本当の意味でLiveだったように思う。
ライブ中のセットリストとか、マサルさんがどの曲で踊ったとか、そんなのはほとんど覚えていない。
ただ中盤、メンバーと会場全体からのハッピーバースディに、歌舞伎昌三から、ふと岡田昌の顔に戻ったのは覚えてる。

そんな慌ただしい中、最後のアンコールだけは観客でいようと、泣きそうに震えている友達の手を取って、会場の前方、ど真ん中まで移動した。
昌三が登場し、友人の手を握る自分の手に、ぎゅっと力が入るのを感じる。
斜め前には、少しだけ目を潤ませながら、真っ直ぐステージに目をやる、かおりさんとミッキーの姿があった。ミッキーの真っ直ぐな目は、間違いなくマサルさんと同じものだった。

泣きそうな友人を支えているつもりだった私は、アンコールも後半、マサルさんが大きく両手を上げて何か叫んでいるような表情を見せた時には、肩を揺らす程に泣いていた。
大音量で聴こえるはずは無いけど、多分声を上げていたと思う。

この時私が感じていたのは、大きなうねりの様なものだった。
音も、空間も、人も、ものも、なにもかもが繋がっていると感じた。そしてそれは、間違いなく私にも届いていて、高く大きな場所に繋がり、巡っていると感じた。
身体の芯から震えて、熱くて、訳が解らなかった。
奇跡は起るんだ。それも、こんなに身近で。

車いすに倒れ込む様に楽屋に戻ったマサルさんに、私は駆け寄った。
ぐしゃぐしゃに泣いている私を見て、マサルさんは笑った。
そして、今までで一番強く、ぎゅーっとハグしてくれた。
ありがとう。マサルさん。
私は毎日マサルさんのそばにいられて幸せだ。
こんな奇跡を教えてくれる人が、こんなにそばにいて、私を守ってくれている。

……………

病院に着いたのは深夜1時、マサルさんは私に身体を拭かれながら、そっと教えてくれた。
私が泣いていた時、本当は、自分の心とリンクしていたんだって。