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2008年11月

2008.11.29

こんな日記…

こんな日記を書いたら、みんなを驚かせて、動揺させてしまうんだろか。
…でも、書いた方がいいような気が、ちょっとだけ書かない方がいいより多い。

今、マサルさんは眠っています。ぐーぐー。
最近のマサルさんは、ほとんど眠っています。すーぴー。

体に水が溜まらない様に、点滴の水分も、体に送られる栄養も制限されています。
ここ数日は、自分から飲み物が欲しいと言わなくなりました。

私は、病室で、毎日マサルさんと一緒にいます。
だいたい泊まりはかほりさんと交代ごうたい。

今のマサルさんの状態がどういうことかなんて、私なんかにはほんとうに全く解らない。

ただ解るのは、日に日にマサルさんのことが大好きになっていくこと。どんどん、どんどん。
それと同時に、今まで感じたことのない、言葉にならない気持ちが、心の一番底の方に、しんしんと降り積もっていく。

少しでも、触れていたいと思う。
笑顔が見れたら、それでいいって思う。

病室は、いつも穏やかで鮮やかな時間が流れています。
変わり続ける今。
ほんとうに幸せな時間は、こんな風にあるのだと、とても不思議な気持ちです。

命 が、そこにあります。
それは、私の中にも。
大切な、かけがいのない、全ての命。

伝えたいことは、もう全部伝えたんだろうか。
いや、多分、もう全部伝わってる。
そんな気がします。

今ここにいられるだけで、私はもう十分。

みんなは、伝えられていますか?

2008.11.27

なぁ、マサルさん。

なぁ、マサルさん。

マサルさんは、ここ数日の自分の変化におっかなびっくりしてるんかな。
体重も減ったし、歩くのもだいぶしんどくなったしね。

でも最近は、薬が効いてるのもあってか、いろんな所にいつのまにか繋がっとるマサルさんは、突然世界のいろんな人たちの話をしだすから、なんか楽しいわ。
さすがに「あーーーーーーー!!」て夜中に叫ばれるとビビるけど(笑)

マサルさん、確かに体は前みたいに動かせなくなって来てるし、ちょっとしょげとるみたいやけど、私はそんなことよりもな、もっともっともーーーーーーっと大きなギフトを、体中で受け取っとるんやよ。

それは私に、多分この世で一番大切なことを教えてくれとるん。
そーれーはー、目に見えることが全てでは無いこと。
なーーんて、言葉で書くとあっけないな(笑)でもこれって、実感するんてけっこう大変やと思うんや。
そやけど私、今それめっちゃ感じとんの。
これって多分、ばりばり動けて、自分で何でも出来るもんね〜!なんて人には、絶対伝えられへんことやと思うんやぁ。

マサルさん、今更やけど、ほんでいつも言っとるけど(笑)
私はマサルさんが大好きなんやよ。きっとこんな私の日記読んでくれてる人たちも、みんなそうやん。そんでそれは、いつだって、今だって、なーんも変わらへん。

その上なーんも出来へんでも、びーびー泣いても、ぶりぶり怒ってても、それでもマサルさんは私を好きでおってくれてるもんな。

だからさぁ、マサルさん。
最近やたら言ってくれる「ありがとう」は、そのままっつーか、千倍返しでマサルさんにお返しするわな。

ありがとう×1000(笑)

2008.11.20

おかえり。いってらっしゃい。

今日の206号室は賑やかだった。

一昨日から三日連続で(笑)来てくれたくみみんはアイルランド帰り。よしもとは沖縄からきてくれた。
コピラは明日からまたインドに行く。今度会えるのはいつになるのかな。
でもいつもコピラはコピラだから、大好きだから、いつでも会える気もしている。

マサルさんのことを大好きな人が病室に集まって、まるで光を放っているようだったよ。


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2008.11.18

深夜二時の満たされぬ想い。

昨日はマサル部屋にお泊まりだった私。
薬も効き出して、久しぶりにイビキをかいて眠るマサルさんを見て、安心して眠りについたのもつかの間、私より一時間早く寝たマサルさん、午前二時半には爛々と起き出して、主語の無い会話を振り続けられました(笑…多分薬のせい)
あうーーーーーー(泣)

夜中に起き出すのは案外平気な私、でも代わりに昼間、他の人がいる間はぐっすりzzZ…
特にマサルさんのイビキが聞こえ出すと、いつでも寝れます(笑)

マサルさんは寝たり起きたりなので、目覚めては私がぐーぐー寝てるのを見て
「お前ー、そろそろ起きんかー」と暇なもんだから起こして来ます。

いや、結構一緒に起きてるよ、私…
先に寝たの、マサルさんやん…
その上面白い話せぇとか、無茶ぶりを…
…私、そのコーナー担当じゃ無いんで、すんませんなぁ…

お見舞いに来てくれた人にも、
「コイツは寝てばっかなんじゃー」とか言ってくれてるし…
…やっぱり私の愛は伝わらない…(悲)

いや、確かに、いつでも誰がいても寝れますけどね。
マサルさんを深夜二時に笑わせてくれる人募集。
あ、今日はマサシがお泊まりしてくれてるので、がんばって笑わせてあげてね(と、そっちに振っておこう)

写真)点滴のポールにかかった包帯を見て、これー、舞踏する人ー(包帯が手足ね)。とか言って一緒に踊り出すマサルさん。…た、楽しそうだね(笑)


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2008.11.17

ぐぅぐぅ

昨日から点滴を増やしてもらって、それでも昼過ぎまではなかなか眠れなかった様子のマサルさん。

昼過ぎにお見舞いに来てくれたようちゃんと楽しくしゃべり、その後松坂TaRaの洋子さんがお手当をしてくれると、ぐぅぐぅ、いびきをたてて眠り始めました。

良かった。やっと痛みが落ち着いたんだね。
そんで洋子さんのあったかい手のひらと気持ちに安心して、リラックスできたんだね。

その後も起きたり寝たり、久しぶりに夢うつつ。
私が入れて来たチャイを飲もうとしたら、カップを握りしめ、Gジャン来た小さい人がチャイを「がぶがぶ」飲んでいた。とか言い出したりして(笑)

それでも夜にはなんだか気持ちが上向いて来て、またお手当がんばるぞ!と、そう宣言して眠りました。ぐぅぐぅぐぅぐぅ………

ここ数日、痛みとお薬と気持ちを、ずーっと持て余して過ごして来たもんね。
変なこと、いっぱい言ってもいいよ。面白いし(笑)それでぐっすり眠れるなら。
今日は私も少しだけ、安心して眠れそうです。

明日もたくさん大好きな人たちが来るって。
楽しみだね。いっぱい笑って、明日は笑い疲れて眠れるといいね。
お休みなさい。

2008.11.16

心と体。

心と体のバランスは、どんな風に取るのがいいんでしょうか。

家のトイレとお風呂の工事も終わりに近付き、部屋も快適に過ごせる様に準備しています。病室ではマサルさんが家に帰るときの為にと、点滴で抑えていた痛みを貼り薬で代用できる様に調整したり。そんな風にひとつずつ、体と環境を整えています。

マサルさん自身も、看護する家族にとっても、少しでも楽で安心できる状態で退院できる様に、マサルさんもがんばっています。

でも痛みは、そう簡単には治まってはくれないようで、今はただじっと横になっています。
調子が良ければ楽しく話も出来、そんな風に痛みを忘れたりすることもできるんだろうけど、今はまた少し、しんどい時期です。

ここ数日、心では少しでも薬を減らして、自分自身の力を信じられる様にと。でも体はそんな心を揺さぶり続けています。

痛みに耐える事がストレスになって、気持ちがひどく落ちるのなら、以前の薬を使ってもいいんじゃないかな。
私は思った事を何でも言ってしまうので、痛がるマサルさんを見て、そんなことを言っていました。

でもマサルさんはすんなりその提案を受け入れ、点滴を一本、増やしてもらう様主治医にお願いしました。

勝ちたい自分がいて、でもどうしても弱い自分もいて、そんな自分は受け入れ難くて、そんな時後押ししてくれる誰かがいることで、少しは楽になるのかな。

マサルさんは、毎日毎日、朝も昼も夜も、そんな葛藤の中にいるんだよね。
私はね、それを毎日見ているよ。弱音を吐かなくたって、ちゃんと知ってるよ。

いつだって迷ってばかりで、決めるには力が必要で、揺らいでも悔やんでも、それでも幸せだって言える強さを私に教えてくれたのは、きっとマサルさんだったんだよ。

だから、マサルさんはマサルさんの選びたい方を、いつだって選んだらいい。
私はいつだってそれを応援するし、出来る限りサポートするよ。
だってさ、私、マサルさんのこと、大好きなんだよね。もう何回も直接言ってるけどさ。

2008.11.12

<マサル部屋日誌?>経験。

宗教とかそういうものには全然興味が無いし、偶像崇拝したり、神様を擬人化したりすることには、ずっと違和感を感じてきた。

でも目に見えない大きな力とか、すべてのもの、場所、瞬間に宿る、それこそ古くから神と呼ばれてきたものの存在は、いつの頃からか信じていたように思う。
今はほぼ毎日病院にいても、毎日表情の違う夕日を見るだけで、それを信じられる。

ずっと、したかったことがある。
日記にも何度も書いた、温かい家族の体験。
でもこればっかりは、1人では出来ない。ほんと、残念だけど。

本当の家族は、物心ついた頃にはもうばらばらだった。
実家にみんな暮らしている時から、そのばらばらな空気が、いつもいつも寂しかった。家族で一体になった記憶は、皆無に等しい。
寂しくて反抗してものれんに腕押し、いつしか訴えることも諦めて、そんな現実を受け止めるしかなかった。

誰かがそばに居るのに寂しいよりも、1人でいて寂しい方がいい。
そんな風に家を出たのは25歳の時。今から10年前。
そして家を出てしばらくした頃、月の庭と出会った。

月の力に汐が引き寄せられる様に、私は月の庭に居た。
10年の間には、もちろん引き潮の時もあったけれど、満ち潮の時はもうどっぷり。そんな濃厚な時間は、今でもまるで昨日の事の様に思い出せる。
長くて短い、月の庭での日々。月の庭との日々。

縁とは不思議なものだと思う。
月の庭に導いてくれた当時一緒にいた人は、今では一番遠くの人になってしまった。
同じ時間を月の庭で過ごし、それまで知らなかった沢山の事を知った。
本でしか知らなかった事も、頭の中で想像するしかなかった事も、いい事も、そうでない事も。
初めて、生きている場所で生きている人たちに出会えたような、そんな感動だった。

商売屋の娘だった私には考えられない、目が点になる様な伝説を数々持つ、ぶっとんだ店、月の庭(笑)
たくさんの仲間が出来た。たくさんの経験をした。いっぱい泣いて、いっぱい笑った。
それまでの固まった心と頭が、がつんがつんと打ち砕かれていった。

月の庭で過ごした日々。
マサルさんは、今までの人生で一番、私を褒めてくれた。
あらゆる事を褒め倒せる人だと知るのは数年後(笑)その頃には私は、もう豚が木に登る勢いで、パン屋なんて始めていた。
マサルさんはそのことを、「計画通り」って笑うだろう。ふん。その通り、私は上手い事のせられたんだよ(笑)でも私のお店の開店を、他の誰よりも、自分の事の様に喜んでくれたのを、私は知ってる。

かほりさんは、いつでも親身に話を聞いてくれた。そしていっぱい話してくれた。それは休日でも、深夜でも。
熱く語る事で人と繋がりたかった私は、そんな自分が時々めんどくさい人として扱われる事に、結構傷ついていたりした(笑…豪快だけど繊細なのよ)。
そんなとこがええとこやん。なんて、私のコンプレックスを長所に変えてくれた。
今では、私にしか見せない腹黒さ(小ネタ?)を時々、というかしばしば見せてくれる(笑)これが見れるのは私の特権。なんて、勝手に思ってる。

引き潮の時期は、正直辛かった。
でももう私自身の道を歩み始めていたから、引き返す事なんて、ひとつも考えていなかった。
その時はその時で、考えられる精一杯で月の庭のそばに居た。
辛くて辛くて、亀山から離れる事も何度も考えたけど、それは出来なかった。
私の手の離れたところで、大事な場所だった月の庭が、どんどん変わって行くのを見た。良い時ばかりじゃなかったから、そばに居ながら何も出来ないのが余計に辛かった。
離れないのが不思議なくらいに辛いのに、そこにいることしか出来なかった。まるで月の魔力に取り憑かれているみたいに。

独立して、パン屋になって、月の庭で出来なかった新しい繋がりが出来た。今までの繋がりも、どんどん強くなって行った。大変な分、嬉しい事も楽しいことも、ほんとにたくさんあった。
「月の庭のふじっこ」と呼ばれることを誇りに思っていた私は、そんな風に呼ばれる事に違和感を感じる様になっていった。そしていつの間にかそう呼ぶ人はいなくなっていた。それはごく自然なことで。でもそんな変化が嬉しい反面、どこか寂しかったりもした。

そんな複雑な想いにも慣れて来て、やっと自分の道を見つけられたと思えた直後に、私は倒れた。
訳が解らないまま気付いたら今まで経験した事の無いくらい、閉ざされた場所に居た。あまりに突然過ぎて、真っ暗闇の中でぐるぐる廻っているみたいだった。
実の家族にも頼れない自分が情けなくて悲しかった。悲しくても泣くことも出来なくて、1人でご飯が食べられなくなって、1人で外に出られなくなった。もちろん仕事も。あんなになんでも1人でしてきていたのに。

そんな時間を数ヶ月過ごした頃、マサルさんが外に連れ出してくれる様になった。病院行きの運転手としてだったけど。

しばらく会っていなかったマサルさんは、ひどく痛そうにしていた。
そういえば私が倒れた時、心配して電話してくれた。「病院連れて行こうか」って。自分が病人なのに(笑)
マサルさんは、会っていない間に痩せてしまっていたけど、痛みに堪えながら私の体の痛み(腹痛発作があった)の心配までしてくれていた。
話の内容も話し方も、前よりずっと優しくて、心に響く。
部屋でずっと1人でいた私なのに、すぐに心を開く事が出来た。

そうやって引き潮の時期の空白は、あっと言う間に埋まった。
ぱんぱんに張りつめたさく果がはじけて綿花になるように、一瞬のことだった。それは驚く程簡単で、不思議な感覚でもあった。
何かが動いている。そんな気がした。

その後マサルさんが緊急入院し、まだほとんど病人だった私を連れて、かほりさんが病院に通う様になる。
なんだかかほりさんを更にしんどい状況にさせているのに、なんの躊躇も無く病院について行く私。35歳、大きな子供、ココにも発見。

病院に通い出して、約二ヶ月半。
初めは自分で運転も出来ず寝てばかりだった。今も寝てばかりだけど、運転は出来るようになった(笑)

いろいろマサルさんのお手当や、身の回りのこともするけれど、何にも不自然だと感じる事は無い。
マサルさんは何でも見せてくれるし、話してくれる。
痛みに耐えてるマサルさんに「もっと同情せぇよ!」と言われようが、「同情したって良くなる訳じゃないやん。ならもっと笑える面白い話しよーやー」なんて、ほんと申し訳ないくらいに、言いたい事を言っている。おならだって出来る。(あー、言っちゃったー)

何度も言うけど、私は信心深くも無いし、神様の事もよく知らない。
でも縁という、不思議な奇跡をよく知ってる。

今の私の過ごしている時間は、私がずっと経験したかった、家族との時間。
血の繋がりという目に見える家族にとらわれてしまっていたけど、こんな形もあるんだな。ケタケタ病室で笑いながら、最近そんなことを思っていた。

ずっと私の中にある、重くて固い何かを手放せないでいた。
温かい家族の体験をしたことが無い事が、無条件に愛された記憶の無い事が、まるで自分が大きな欠陥のある人間の様に感じさせていた。
それと同時に、未熟と感じる人に、やたらと厳しくなってしまう、嫌な自分も生み出していた。

ずっとしたかった家族の経験。私の一番欲しかったもの。
私たちがもし大きな何かに導かれているとしたら、必要な経験は必要な時期に、ちゃんと出来る様になっているんだと思う。
そしてそれは、心から願えば、その時は必ずやってくるんだと思う。

こんな風に文章にすると、とても大げさな気もするけど、それはほんのささいな、日常の風景の中にもあるのだろうと思う。
毎日が必要で、あなたも必要で、もちろん私自身も同じ様に必要で。
今日の劇的な夕焼けも、窓から入る新しい風も。すべてが今この場所で必要とされながら、ここにある。

私は今、こんな大事な経験をしていて、きっともうすぐ、ずっと会いたかった私に会える気がしてる。だから苦しい事も楽しい事もなんてことない事も、同じ様に覚えていたい。
そしていつかその時が来たら、いろんなことにすべてのことに、ありがとう。を言おう。

2008.11.10

いのちがうたっている。

http://www.kawara-museum.takahama.aichi.jp/exhibition/current.htm
大道あやさんの展示会を愛知県でやっているそうで、お見舞いに画集をいただきました。
自由で、力強くて、とてもかわいらしく命にあふれた絵の数々。
昼過ぎまでしんどそうに寝ていたマサルさんですが、画集を見て、いろいろ話をしているうちに、なんだか元気になって来ました。

マサルさんの一番良く見える場所に、一緒にもらった大きなポスターを貼りました。
書かれたコピーは「いのちがうたっている。」
まさにいまこの時にぴったりの、暖かくて楽しくて、わくわくするような絵柄のポスター。この絵を見る度、力が溢れるようです。

2008.11.07

痛み。

昨日腎ろうと、尿道のカテーテルの交換をしたマサルさん。
先生に前もって言われていたものの、今までの処置で一番痛みがひどかったそうです。
じっとしていることでしか和らがない痛み。
そんな中、今日は名古屋まで祈りの勉強に出かけました。
動けば痛む体で、ほんとうに強い人だと、そう思います。

先生のお話は、いつもとても心を前向きに、いろんな苦痛を受け入れる手助けをしてくれる様です。
痛みを感じ、楽しみ、満喫することが、今のマサルさんには必要な段階。痛みが強ければ強い程、苦しければ苦しい程、マサルさんが周りに与える影響は、どんどん強くなっていくんだそうです。きっと実る想いも大きくなるはず。オバマの勝利は、マサルさんの影響もあるんじゃないの?!と、私は思ってます(笑…でも本気よ)

今日もお話の後は、痛みを訴えながらも満足した様子で、帰り道にこんなことを話してくれました。
いつも私が「何かする?」と提案すると、つい遠慮してしまうって。だから最近は意識して、してもらうようにしてるって。
人に頼ったり、弱音を吐いたりすることは、一見弱いことだけど、ほんとは強くなくちゃ出来ないことだから、マサルさんはどんなに痛そうでも、やっぱり日に日に強くなっているんだと思う。
絶対逃げたりなんてしてないことは、私ももちろんかほりさんも知ってるから、明日もいい日にしようね。

2008.11.05

解放!

今日はちょっと体調が良く無くて(私の)、昼からマサルさんの病室にいながらも、ずっと寝ていた。

夕方かほりさんが来て、のどにはキュウレイコン湿布、首には冷えピタを張ってもらって、ご飯食べて、またごろごろしていた。

なーんにもしないまま、そろそろ帰ろうか。という時間。

私「早めに帰るわー、今日しんどいしー。」
マサルさん「おー、無理すんなよー。」
私「全然無理してないしー。」
マサルさん「…そやな。無理してないの、俺、一番見とるわ(笑)
寝たい時にぐーぐー寝て、食べて、しゃべりたい事しゃべって。
お前、解き放たれとるもんなー。」

あはは。確かに解き放たれてるわ、私。

私「で、マサルさんは解き放たれとるん?」
マサルさん「おー、お前に負けへんくらい解き放たれとるでー!」
かほりさん「…私も、小芝居できるくらい(笑)」←注)1人でいろいろ腹黒い(笑)小芝居後だったので。

そんな素敵な206号室。きっと宇宙に繋がってる☆

マサル、泣く!

オバマ、勝利。初の黒人大統領誕生。

速報のメールが奈津子からマサルさんに届いた、13時過ぎ。
マサルさんの顔が一気に紅潮し、ぼろぼろと涙が流れた。

歴史が変わる。
世界が変わる。
俺たちのやっていくことが、どんどん実を結んでいくだろう。
そんな希望に感動しながら、昨日は友部さんのニューヨークで走る姿に自分を重ねていたマサルさん。
いろんな思いがわっと沸き上がってきたんだって。

47歳、同い年の史上5番目に若い黒人の大統領オバマ、一緒にがんばるぞー!!
ベッドの上で叫んでいるよ。

たくさんの想い。

友部正人さんがニューヨークシティマラソンで「Run for Masaru」と背中に書いて42.195キロを走り、これまでの最高タイム、三時間前半代で完走されたそうです。

今日かほりさんにゴール直前の写真が送られて来て、感激感涙のマサルさん。
お見舞いにきていた山口洋さんも、四日市のマサシも、そんな友部さんの熱い想いに感激でした。(洋さんは強がって泣くマサルさんを笑っていたけど、自身の日記では素直にそう語っています。)

マサルさん、こんな楽しくて嬉しい日は、そうはないね。
なんて言えちゃう日が、ほんとに毎日続いているね。

今日はそんなみんなのお陰で、追加の薬の量が少しで済んでよかったね。
心を強く、体を良くするには、いろんな要素がバランス良く作用していくことがとても大切だと思うから、こんな毎日は、素晴らしい効果をもたらしてくれるよ。きっと。

そのお手伝いがもし私にも出来ているとしたら、すごいうれしいな。


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2008.11.03

月の庭で。

久々の更新です。(って、四日だけど…)

今夜は月の庭で矢野絢子さんのライブ。
高知からやってきてくれた歌小屋の二階ご一行さんは、ボスはどこかマサルさんに似ているようで(と、矢野さんが言っていた…笑)マサルさん曰く、月の庭の親戚のような、兄弟のような、そんな素敵な関係だそうです。

この日ののためにもマサルさんは養生をしながら体力を蓄え、日が沈む頃月の庭に帰りました。

一つ一つの動作を体全体でこなしながら、久しぶりの遠くの兄弟たちとのやわらかな時間を過ごした後は、久しぶりの岡田家のベッドでゆっくりと。
犬たちの鳴き声に台所仕事やテレビの、聞き慣れた暮らしの音、沢山の人の気配と季節外れの風鈴の音に混ざって、大きくあけられた月の庭の二階の窓からは、マイクなしでも中庭を超えて届く、力強くてまっすぐな歌声。
独特のリズムに乗せられるストレートな言葉は、まるで足跡をしっかり付けながらマサルさんの心に届きます。

マサルさんに贈られた曲「月と銀杏の日」が始まる頃には、マサルさんも月の庭の二階へ。
矢野絢子さんからマサルさんへの「参ったかー!」の声を聞きながら、一歩ずつ階段を上ります。

「月と銀杏の日」は、本当にすばらしく歌い上げられ、小さい宇宙のようになった月の庭の二階に響いていました。
曲中、演者とほぼ対角線上にならんだマサルさんに向けられた矢野さんの眼差しは、一度もぶれることなくマサルさんを射貫き、そして最後にいたずらっ子の様に笑うその表情は、痛い程に磨かれた、純粋で迷いのない、愛の形だと思いました。

もうすぐ冬になろうという日の、暖かくて優しい夜でした。

最近は特に、体の声、心の声をまっすぐ受け止めているのもあって、内側へのアプローチがどうしても多くなる日々だったけど、こんな風に外と繋がって広がっていく感覚は、やっぱりとても力になるね。
眠る前の会話はそんな風でした。

また明日から、少しずつお手当とリハビリをして、こんな時間を時々作れる様に、そしてだんだん増やせる様に、毎日進んで行こう。
もうイビキかいて寝てるけど(笑)おやすみなさい、マサルさん。

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